最後の果実➡暴力事件-7
地下食堂での作業が終えて離席するために腰を上げた時、本田恭子嬢も腰を上げて
「お疲れ様です。大変な課題で大変ですね。」とねぎらいの言葉を掛けてくれた。
私にとって、この一言は、励ましと同時にある種のプレッシャーにもなった。
エレベータホールに無言のままに二人で向かった。エレベータのドアが開き無人
の状態を確認したからなのか、本田恭子嬢が「今夜、お時間ありますか?」と打診。
桐谷弁護士からの回答待ちなので、時間は、取れる状況にあった。
「はい、とれますが・・・・」
「私、少し本間さんとお話しする機会を得たいと考えていました。」
「は、はい、有難う御座います。」
「携帯メールで後ほどご連絡差し上げますので、携帯番号をお知らせ願えますか。」
私は、マドンナからのそうした誘いがある等と夢にも思っていなかっただけに
戸惑いを隠せなかった。携帯番号を伝えたところで国有財産課のあるフロアーに到着
し、軽く会釈をして、自身の席に戻った。
就業時間が終了する五時前にマドンナからのシートメールが着信した。内容は、
「赤坂見附駅最寄りの喫茶店 ユニオンと言う店で御待ちします。」と言うもの。
「何か悪い話しでなければ良いが」との思いを抱きながら赤坂見附の駅に向かった。
まあね赤坂見附ならば、同僚等にマドンナとの密会を悟られる事も無く過ごせるので
良い場所を選んでくれたとも感じていた。
喫茶店ユニオンには、通勤客らの他に数人の顧客が席に座っていた。客席は、50席程の
店で中規模の店でありながら豪華店舗でもある。店の中を見渡すと約束の六時少し前なのに
二人の女性が座る席から私を見つけたマドンナが軽く手招きしている。
「遅くなりまして、申し訳ありません。」と一礼した時にマドンナは、奥の席に座る女性を
自身の妹として紹介した。本田加奈子との名前だ。マドンナに劣らず美形である。
つまり、似たもの姉妹と言うところである。
その本田加奈子嬢は、私を見る眼差しが何とも云い難い程に輝いている。まるで吸い込まれ
てしまいそうな瞳である。マドンナを高嶺の華と見ていた私には、さらなる高嶺の華が出現した
も同様である。しかし、それを察知されまいとして、極力メニューに目を落とした。
やはり彼女らと同じにコーヒーを注文して、コーヒーがテーブルに乗るまで無言で待った。
「本当に田代課長も無理難題を本間さんに押し付けているのよね。」と妹にマドンナが語る。
私は、一切反応せずにいた。
「ねえ、本間さんお忙しい中をお呼びだてしてしまいもうしわけありませんが、私の思いも
お伝えしたかったのです。」
「は、はあ!」
「だって、幾らお酒が入っていたからと言って暴力は、ダメよね。」と妹に向けて語る。
「姉の言う通りだと思います。暴力を使えば、どんな正論でもだめだと思います。」
加奈子嬢は、姉にも増して強い口調で私に語り掛けて来た。つまり、加害者救済に動く
私に対する同調を促すかの様な言動である。
「は、はあ、色々ありますからね。」と細部の話しを避けた。
マドンナの話によれば、加奈子嬢は、現在、二十歳で某大学の法学院で就学して
いると言う。つまり、法律に関しては、マドンナや私よりも一枚上手なのだ。
「確かに御指摘の通りですが、どんな経緯があったのか一切明らかにされていません
ので、私としては、何とも言いようがありません。」
「でもね、言論の範囲を逸脱して暴力行為があり、相手が被害を受けて入院する事に
至っている現実は、過剰行為として刑事責任を負うのはね当然と思います。」
加奈子嬢は、キッパリと言い切った。とその時、私の携帯に桐谷弁護士から着信。
「はい、お疲れ様です。何かありましたか?」
「何だ、本間さん、ニュース見ていないのか!例の被害者が亡くなったよ!」
「えっ!」と私は絶句した。脳裏を掠めたのは、加害者である池戸課長補佐は、殺人
罪に罪状が切り換えられる可能性があるからだ。