翌日、午前10時に私は、課長室に入った。既に恭子が課長とのセッティングを終えていたので速やかに室内に入った。恭子は、挨拶をしながら、コーヒーを入れてくれた。
ゆっくりとそのコーヒーをかき混ぜながら私は、口火を切った。
「課長、環境緑地化審議会が開催される事となりました。」
「えっ、本当かい!よかったね!」
「はい、しかし、審議は、これからですので何ともはや言い様がありません。」
「本間君、いずれにしても東都大学西谷教授も審議委員に参加されているのでしょ!」
「はい、お願い致しました。」
「あとは、経済産業省と外務省がどの様な抵抗を示すかにもよるね。」
「はい、ご懸念の通りなのです。しかし、どんな結論に達するのか予想もつきませんので」
「まあ、そりゃそうだよな。」
「いずれにしても、私は、大きな災害が予見される八王子の山林伐採による太陽光パネルは、非常にリスクを伴うと危惧しています。」
「分かった。で、何時の開催になる予定かな?」
「はい、来週月曜日朝10時から官邸第五号室で開催予定となっています。」
「よいしゃ、分かった。私も参加しよう。本間君、報告有難う!」
その日の晩、私は、恭子に電話して「会いたい」と申し入れた。勿論、恭子は、
「待っているわ」と快い返事をくれた。
私の気持ちは、審議会が開催される運びになった事による誇らしげな気持ちと悲惨な結果となる事への危惧と複雑な心境のまま、恭子の部屋に辿りついた。午後七時だ。
恭子は、手料理の夕食を準備して待っていてくれた。
若鳥の煮つけとサラダ、野菜の炒め物と炊き込みご飯だった。部屋に入るなり煮物の香りが漂い、急に空腹を感じてしまった。緊張の連続の中、恭子の傍に来た事による安心感がどっと押し寄せ、空腹を促されたのだ。
恭子は、満面の笑みを浮かべながら「先ずは、第一関門を通過したのね。」と一言つげながらレシピをテーブルに盛り付けた。
「はい、そうだね。まだまだ分からない部分が多いけれどね。」
こうして恭子とこの部屋でテーブルを挟むのは、久しぶりであったため、少し落ち着かなかった。食事をし始めてからやっと落ち着き始めた。
二人の会話は、仕事の話から恭子の妹加奈子の話になり、幸せに同棲生活を工藤大介と過ごしているとの話しが出た。正直、身軽に同棲生活に入れる工藤が羨ましかった。
私は、課長から預かった課題を処理しない限り何とも出来ない立場だけに、恭子と同棲したい等の声も上げられない。恭子は、そうした私の思いを理解しているにしても口にした事が無いだけに不明のままだ。そして、食後に席を立ち帰宅の用意をすると恭子は、そっと手を伸ばして私の頬に手をやりながら、唇を近づけて来た。
思わず彼女を力いっぱいに抱きしめて「愛しているよ」との一言を告げた。彼女の腕は、さらに力を込めて私にしがみつく程だった。総てを欲しかった。しかし、やらなければならない事が山積している現状の中で腰を上げるわけには行かなかった。
「夕食御馳走様でした。美味しかった。」と唇から離れるやそう告げて
「今日まだやらなければならない事があるので、帰ります。」と彼女に背を向けた。
「分かったわ!気を付けてね。」と彼女は、明るく送り出してくれた。
心を温めた私の足取りは、軽く自宅の暗い独身寮に向かった。
いよいよ審議会開催を迎える週の月曜日が到来するなり、私は、作成した関連資料を
鞄に入れて、官邸のデスクに少し早めに到着して会議室の各席に資料配布等をこまめに
動いた。
本来、こうした審議会は、関係省庁会議室にて開催されるのが通例だが、
総理官邸調査主任島谷悠太氏の音頭で開催されるために官邸会議室の中規模
の五号会議室(30名)で開催される段取りとなっている。
議事進行は、当然調査主任の島谷氏が担当する。また、田代課長の席も用意する等と
約30名もの人々を集めての会議開催は、可なり手間暇がかかるものである事を初めて知った。