恋と愛の化かしあい!

   「私は、うそをついたことは、一切ない」と言う嘘!

  世間には、「愛」も「恋」もいくらでも転がっているのに、「疑心

暗鬼」。自分の心も信じられない人類なのに、第三者に「きっと君

を幸せに!」と語る言葉の空しさよ。「幸せは歩いて来ないだから

歩いて行くんだよ」歌の文句じゃないけれど、いくら歩いて行ったっ

て、尽きるところありゃしない。

 人の幸せへの欲望は、一時たりとも止まらない。これすなわち

本能なり。青天井の欲望を満たして上げなきゃ「幸せよ」の彼女

の回答ありゃしない。

そんな彼女に「君を一生幸せにするよ」と語る口こそ詐欺にも等

しい。ならば男児よ恐れずに「君を幸せにできるかどうかわから

ないけど、努力するよ」で十分だ。

さる結婚式での出来事を笑っていられぬお方もあろう。

神父 「汝は、彼女を妻と認め、白髪の生えるまで、慈しみ、

    愛するか」

新郎 「白髪の生えるまで自信がありません。今は、愛して

    います。」

神父 「汝は、彼を夫と認め、白髪の生えるまで慈しみ、愛するか」

新婦 「はい!」

神父 「この新郎・新婦の婚姻に対して、ご臨席の皆様の中にご

    異議ございませんか?なければ、この新郎・新婦をただいま

    より、夫婦と認めます。」

 結婚式を愚弄するものでも誹謗・中傷するわけでもないが、

空しい言葉の連続に、祝宴にもかかわらず心痛める人も一人ぐらい

いるものだ。

 結婚・離婚繰り返し、人生消耗するのも生き方の一つ。

 何が悪くて成田離婚が生じるのかわからないが、離婚届の理由

の一位が性格の不一致。聞こえは良いが裏舞台では、交際中に

語った所得と実際の所得の相違は、まだ許せるが、「私の許可無く

新郎が風呂に侵入したからだ。」との理由も無いわけじゃない。

 もう一度、新郎の立場から、新婦の立場から「相手を幸せにする

とは何か」ということを考えてみよう! 

 
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by warau_1 | 2006-04-15 00:48 | 笑う門には福が来る